Sanho Corp. v. Kaijet Technology事件(米国CAFC判決、米国特許法102(b) (2)(B) における publicly disclosed (公開開示)の解釈)

Sanho Corp. v. Kaijet Technology事件(米国CAFC判決、米国特許法102(b) (2)(B) における publicly disclosed (公開開示)の解釈)

 

グレースピリオドの解釈について従来よりも厳しいハードルを課した今年(2024年)7月31日のCAFC判決について紹介する。これは、今後の企業活動、特許出願実務にも影響する判決例であると思われる。

 

2012年に施行された米国改正特許法(AIA)では、先発明主義から先願主義に移行した関係上、新規性に関する米国特許法第102条が改正された。米国特許法102条は、(a)項で原則(新規性喪失事由)を規定し、(b)項でその例外を示す構成となっている。

このうち、102(a)(1)の販売の解釈については、過去のブログ(On Sale Bar Novelty in US Patent Practice (米国特許法102(a)(1)の販売の解釈))で紹介したので参考にされたい。

今回争点となったのは、102(b)(2)(B)である。

 

事案:特許権者GoPod Group(”GoPod社”の発明者Liaoはポート拡張装置を発明し、Sanho社のオーナーに発明の実施品(Highper Drive)の販売を提案した。Sanho社はこれを受諾し、2016年12月6日にGoPod社に15000ユニットを発注した。

(Mr. Liao, the inventor of the ’429 patent, offered to sell the HyperDrive to Sanho’s owner on November 17, 2016. After obtaining a HyperDrive sample, Sanho placed an order for 15,000 HyperDrive units on December 6, 2016, that was accepted by Mr. Liao’s company, GoPod Group Ltd. (constituting an actual sale). )

 

GoPod社はその後2017年4月27日に台湾に特許出願した。その後、パリ優先権を主張して2018年3月28日に米国特許出願し、米国特許10572429号を取得した(特許権はその後Sanho社に譲渡された)。すなわち、本事件に係る米国特許の有効出願日(effective filing date)は、優先権の基礎出願日である2017年4月27日である。

 

Kaijet社は、’429特許の有効出願日(2017年4月17日)前の2016年12月13日に特許出願され’429特許の有効出願日後に公開された他の特許出願(有効出願日に未公開の先願)の公開特許公報US2018/0165053を引用文献として、Sanho社を相手方としてPTABに当事者系レビューを申し立てた。

 

Sanho社は、特許出願人であるGoPod社が、特許出願日前1年以内の”Grace Period”にSanhoに販売していた事実が、米国特許法102(b) (2)(B) における publicly disclosed (公開開示)に該当し、新規性を喪失しないと主張した。

PTABはKaijet社の主張を認め、Sanho特許を無効と判断。

これに対して、Sanho社がCAFCに控訴したという事案である。

CAFCは、Sanho社の主張を退け、グレースピリオド内での販売が当事者間の取引であることを理由に米国特許法102(b) (2)(B) における publicly disclosed (公開開示)に該当しないと判断した。

 

すなわち、グレースピリオド内での実施行為は、公開開示でなければならないと判示したのである。これは、従来のグレースピリオドの解釈を狭めるものであり、今後の実務に非常に大きな影響を及ぼす可能性があると考えられる。

我が国における「新規性喪失の例外(特許法第30条)」における例外期間は6ヶ月から1年に延長され米国のグレースピリオドと同じになった。新規性喪失事由も「第29条第1項各号のいずれかに該当するに至つた発明」と規定しているものの、今回の事例のように、機密性はないが非公開で譲渡等される行為が「新規性喪失事由」に該当するかという点についていえば、いわゆる「公然実施」における「公然」の解釈すなわち「守秘義務」乃至「暗黙の守秘義務」の有無に帰着する。企業間の取引である以上、「機密性はない」としても「暗黙の守秘義務」があったと考えられるので、新規性は喪失しなかったと判断されたのではないだろうか。

我が国の特許法第30条は1年の基準日が有効出願日(優先日)ではなく現実の出願日(日本出願日)であり、また上記の事例は引用文献がいわゆる未公開先願(但し出願時ではなく有効出願日の時点)であるので、仮に出願時未公開先願であったならば特許法29条の2の実質同一性の判断(請求項に係る発明と先願開示発明との対比)になると思われるので、同列に論じられるものではないが、これらの点を措くとすれば publicly disclosed (公開開示)の考え方は、我が国の「公知」「公然実施」(特許法29条1項1号、2号)にも一部通じるところがあるとも考えられる。ただ、我が国特許法29条では、米国特許法102条のように原則と例外(on-sale-barと本判決)とで適用基準を異ならせるものではない。

いずれにせよ、特許出願の有効性を確実なものとするうえでは、新規性喪失の例外やグレースピリオドなどの例外規定は極力使用せず、公開前に出願することが肝要であることが改めて確認されたといえる。


参考

  1.  Sanhov.Kaijet CAFC判決 https://cafc.uscourts.gov/opinions-orders/23-1336.OPINION.7-31-2024_2359524.pdf