各国国内移行の実務の考え方

PCT出願において、複数の国に国内移行する場合、留意すべき点は何か。時期的要件(※1)はその1つであるが、さらに進んで、「移行の順序」や「自発補正の要否」について検討しておくことも重要である。特に、移行の順序と時期を適切にコントロールすることは重要な出願戦略の1つである。「移行期限到来の順に処理していく」といったやり方は、必ずしもよい方法とは限らないと思う。

わが国にした特許出願を基礎出願としてPCT出願時出願する場合、最初に起案される「請求項」の記載は、わが国の実務を反映したものであることが一般的である。わが国の特許法では、「発明とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの(特許法第2条1項)」と規定されている。このため、実施例に記載した「発明品」や「発明方法」等が保護されるのではなく、請求項に記載された課題解決手段が「技術的思想」としてある程度の広がりをもったアイデアとして保護される。権利解釈の際に明細書の実施例等の記載が考慮されるが、必ずしもそれに限定されない。しかも、わが国では訂正審判や訂正請求(特許付与後に特許請求の範囲を減縮・変更する意)が認められており、訂正の要件を具備すれば、権利発生後に権利範囲を変更できる(※2)。しかも、欧州同様に多項従属(Multiple Dependent Claim)や多項多項従属クレーム(Multiple-to-Multiple Dependent Claim)が認められているため、効率的にクレームドラフティングできる。そのため、米国や中国のようにあらゆる実施例を請求項に記載しておく必要性が低く、ゆえに、他の戦略的な理由を除き、これらの国よりも必要且つ十分な請求項の数を少なく抑えることが可能であると当職は考えている。

これに対して、中国特許法(専利法)を例に取ると、同国にはわが国における「訂正審判」に相当する制度が存在しない。無効審判請求に対する防御として実務上認められているのは、わが国の実用新案制度同様、請求項(クレーム)の削除のみである(※3)。訂正の要件を緩和した過去の判決例及び判例(※4)が存在するが、中国は判例法の国ではないため、これをもってわが国と同レベルの訂正が保証されているかどうかは、現行法の下では極めて不透明であると言わざるを得ない。このため、一般的な実務の指針としては、クレーム数は実施例に即してできるだけ多く作成することが好ましいと考えられる。訂正は可能だがそれにはわが国よりもはるかに手続が複雑で労力やコストがかかる国もある。自己指定せず基礎出願を維持しつつ、PCT出願時から特定の国に合わせたクレームドラフティングを行うという実務も考えられるが、出願戦略(移行予定国や出願人の事情等)によっては必ずしもそれがベストとは限らないであろう。

このように、日本国の出願を基礎出願とするPCT出願を各国に国内移行する際には、移行予定の国の特許制度を十分に確認した上で、国内移行の順序及びクレームの数及び内容を検討する出願戦略が極めて重要となる。出願人のビジネスプランといった事情だけでなく、移行予定の国がどこか、基礎出願の出願経過や国際調査報告の結果、実体審査の実務、移行予定の国の訂正のしやすさなどを総合的に考慮して、実体審査開始前に予め適切なクレーム補正を行っておくことが好ましいと思う。

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※1 PCT第22条(1)の改正(2002年4月1日発効)により、殆どの国が優先日から30か月又は31か月であるが、経過措置を適用したことによる例外もある。

※2 中国では、原則として特許権設定登録時の明細書、特許請求の範囲又は図面を基準として、権利範囲を減縮するための補正(わが国の「訂正」と同義)が可能である。

※3 厳密には、「請求項の削除、併合、または、技術方案の削除」が可能とされている。

※4 北京市高級人民法院2010年12月20日判決 (2010)高行终字第1022号4最高人民法院2011年10月8日裁定 (2011)知行字第17号
クレームの記載を「1:10~30」を「1:10~1:30」とする補正が認められた。