商標権の効力が及ばない範囲(商標法第26条)
特許権、実用新案権、意匠権、商標権を比較したとき、もっとも公益的側面が強い法律は、商標法であると言われる。商標法第1条には、商標法の目的が規定されており、そこには、「産業の発達に寄与する」のみならず、「需用者の利益を保護すること」を目的とすると規定していることからも理解される。
強力な独占排他的権利である商標権は、この公益的側面の下で一定の制限を受けることになっている。例えば、商標法第26条には、過誤登録や後発的無効理由の救済規定として、商標権の効力が及ばない範囲を規定している。「普通名称」(1号)、「慣用商標」(2号)、いわゆる「記述的表示商標」(3号)等については商標権の効力が及ばないと規定している。では、「普通名称」とは何か。物やサービスの名称として普通に使用される名称や辞書や各種用語辞典に載っている名称等であると解される。「慣用商標」は、その物の名称やサービスの名称として慣用的に用いられる商標である。複数の名称の組み合わせはどうか。それ自体が普通名称である場合は別として、組み合わせの場合、もはや普通名称とはいえず、慣用商標或いはいわゆる記述的表示商標といえるか否かが問題となる。組み合わせが自然であればあるほど慣用商標や記述的表示商標と判断されるであろう。逆に、組み合わせることが通常でない意外な名称の組み合わせ、指定商品や指定役務との関係では意味が1つに決まらない組み合わせ等は、識別力のある商標と解されるべきである。 商標法第3条各号は、商標登録を受けることができない商標として、普通名称(1号)、慣用商標(2号)、いわゆる記述的商標(3号)等を例示列挙している。これらはいずれも識別力を欠くため商標としての機能を発揮しえないと考えられるためである。逆にいえば、商標登録を受けている商標は、識別力を有すると判断されて登録された商標であり、当然ながら「普通名称」や「慣用商標」でもなく、かつ「記述的商標」でもなく、或いは当初はそれらに該当する商標であるが長年の使用により識別力を獲得した商標(3条2項)と考えるべきである。
もちろん、商標法第3条各号の規定により、登録異議申立や無効審判、取消審判などを経て、取り消しや無効にされた商標、出願が拒絶された商標であれば、もはや独占排他的権利が消滅する訳であるから、権利侵害の問題自体が存在しなくなる。当職であれば、裁判所で商標法第26条を主張するのであれば併せて特許庁に対して無効審判請求することを検討するであろう。なお、商標権の効力を制限する法理は他にも様々存在する。そもそも非類似であれば効力が及ばない。登録商標と同一又は類似する商標を使用する前提で考えると、先使用権等の通常使用権の要件を満たせば商標権の権利行使に対する抗弁権となる。その他、一般法である民法の権利の濫用などである。あと、商標に特有なものの1つは、「商標的使用」であるか否かという観点であろう。説明的な記述部分の一部や商品或いはサービスを表す識別標識としての使用ではない場合、商標としての使用には当たらないので侵害とはならない。逆にいえば、現に存続している他人の登録商標と同一又は類似する商標を、何ら権原無く商標法第26条に規定する範囲外で商標として使用すれば、商標権侵害を構成すると言わざるを得ない。
商標法は審査段階では審査基準に則り、画一的判断がなされるが、審判段階や審決取消訴訟段階、或いは侵害訴訟においては、個別具体的な事情を考慮しつつ判断されることになる。裁判所は、あらゆる事情を総合的に考慮したうえで結論を下すことが期待される。その際の判断の基礎は、商標法第1条に規定される商標法の目的、すなわち、産業の発達と需要者の利益との比較考量におくことになるであろう。
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商標法第1条(目的)
この法律は、商標を保護することにより、商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図り、もつて産業の発達に寄与し、あわせて需要者の利益を保護することを目的とする。
商標法第3条(登録要件)
第三条 自己の業務に係る商品又は役務について使用をする商標については、次に掲げる商標を除き、商標登録を受けることができる。
一 その商品又は役務の普通名称を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標
二 その商品又は役務について慣用されている商標
三 その商品の産地、販売地、品質、原材料、効能、用途、形状(包装の形状を含む。第二十六条第一項第二号及び第三号において同じ。)、生産若しくは使用の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格又はその役務の提供の場所、質、提供の用に供する物、効能、用途、態様、提供の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標
四 ありふれた氏又は名称を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標
五 極めて簡単で、かつ、ありふれた標章のみからなる商標
六 前各号に掲げるもののほか、需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができない商標
2 前項第三号から第五号までに該当する商標であつても、使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるものについては、同項の規定にかかわらず、商標登録を受けることができる。
商標法第26条 (商標権の効力が及ばない範囲)