WIPO仲裁調停センターの活用と紛争処理契約条項

商取引において当事者間でトラブルが生じたとき、簡便・迅速かつ低コストで解決する最善の方法は、「話し合いによる解決」、すなわち、訴訟を避け相手方との直接交渉により和解することである。直接交渉で和解できれば基本的に和解条件はもちろん、紛争が生じていること自体すら秘密裏に行うことができるメリットもある。そのため、契約書には先ず”誠実協議条項”が記載される。

通常、話し合いで解決できないときは「裁判所」で解決するしかないと考える。そこで、契約書の「ひな形」には、当事者間での紛争解決が困難である場合に備え、予め合意管轄条項(専属的合意管轄条項)が含まれることが一般的である。しかし、契約の相手方が外国の企業や大学等である場合、そして契約書を相手方が起草した場合、当然のように相手方の国の裁判所を専属的合意管轄とすることが記載されているはずである。これに対して、準拠法と裁判管轄及び裁判での使用言語を、日本法で、日本国内の裁判所(例えば関東の企業であれば東京地方裁判所)で、かつ日本語で行うとの対案を示すことは可能だが、合意形成はかなり難しい。合意するためにはどちらかが大幅な譲歩をしなければならない。契約書は、”力関係”できまる側面が否定できないので、”弱者”は対案を示すこともせず、そのまま”不平等契約”にサインしてしまうことも少なくない。”弱者”とは、契約をしないとき困る方と言い換えても良い。

このような場合、対案として司法機関以外の「中立的な第三者機関」を指定する対案を示すことが有力な選択肢となる。知的財産権・技術をめぐる国際的な商事紛争の解決手段の1つとして、「WIPO仲裁調停センター」の利用が考えられる。予め、WIPO仲裁調停センターによる仲裁合意条項(※1)を設けておく。合意できるなら調停よりも仲裁がよい(※2)。使用言語と準拠法の合意もしておくべきである。国際的な中立性が担保され、高度な技術的知識が要求される複雑な事案であっても、専門的知識を有する調停・仲裁人(中立者(Neutrals)と呼ばれる)により、裁判よりも簡便・迅速・安価で解決できる可能性が高い。おまけに、裁判と異なり、「非公開」である。なお、ドメイン名紛争処理、商標問題など技術的な問題以外にも対応可能である。

ちなみに、上記とは別に日本国内にも、知的財産仲裁センターをはじめ、複数の仲裁調停機関が存在する。知的財産に関する紛争に関していえば、わが国の知的財産仲裁センターは、当事者双方が国内企業同士の紛争解決には非常に有用であるが、仲裁人候補者や事件管理者がすべて日本の弁護士や弁理士で構成されることを踏まえると、準拠法及び使用言語が日本法と日本語になることが前提であることが一般的であり、それゆえ相手方が合意しない可能性が高いからである。なお、紛争地が日本国外でありながら相手方企業も日本企業という場合は、わざわざWIPO仲裁機関を利用するメリットは小さいと考えられる。このような場合、日本国内の司法機関を利用することも可能(※3)であるが、訴額が比較的小さいケースであれば、むしろ日本の知的財産仲裁センターを利用する方法が最善と考えられる。

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※1 WIPO推奨紛争処理契約条項および付託合意

(日本語)https://www.wipo.int/amc/ja/clauses/index.html
(英語)  https://www.wipo.int/amc/en/clauses/index.html

※2 調停は和解を目指す手続であり、仲裁は仲裁人に判断を委ねる手続である。

※3 紛争地が日本国外で当事者双方が日本企業の場合、準拠法は外国法だが日本国内の裁判所で日本語で裁判することが可能である。