発明者の変更は可能か?

今年(2018年)、当事務所は開業16周年にあたる。当ブログは、開業後6年目頃に始めたが、以前と比べてかなり投稿の頻度が減ってしまっている。しかしながら、古い記事に対しても未だに多くのアクセスがあるようである。法律が古くなっていたり、追加の考慮が必要になっているものもあるが、特に手当するつもりはないのでこの点は悪しからずご了承いただきたい。

さて、本日は、特許出願後に発明者の変更が可能かという点について小職の考え(回答)を紹介する。

「Q.特許出願後に発明者の変更はできますか?」 という質問に対する小職の簡潔な回答は、
「A.発明者を変更する手続は、特許法上、想定されておらず、基本的に発明者を変更することはできません。ただし、発明者が誤って記載されていたという場合には、理由を説明すると共に宣誓書を提出することにより、真の発明者を追加することや、真の発明者でなかった者の表示を削除すること、或いは発明者の誤記を訂正することが、権利設定登録前であれば認められます。」となる。

発明者とは、発明という創作行為に対して実質的に寄与乃至貢献をしたものであり、例えば、金銭を提供をしただけの者(スポンサー)や、指示を出しただけの者(管理監督者)、発明者からの指示に基づいて発明者の手足となって作業(実験や測定等)をした者は、いずれも発明者とは言えない。すなわち、発明者とは、実質的に発明に寄与した者、要するに、アイデアを実質的に提供した者のみをいう。

発明者によってある発明が生み出されたという「事実」は不変のはずであり、過去に遡ってその事実を変えることは、不可能である。これが、冒頭の回答の直接的な根拠である。

さて、発明者の追加や削除について質問を受ける場合に明らかとなる背景事情の1つが、「特許を受ける権利」或いは「特許権」を譲渡する場合である。譲渡の際に、名義を変更するだけでなく、発明者も変更したいというのである。

たとえば、発明者Aが単独でした発明をAの個人名義で出願した場合に、その発明についての特許を受ける権利を法人Bに譲渡する場面を想定する。法人Bは譲渡対価をAに支払う契約を締結する。その場合、通常は、「出願人名義変更届」を特許庁に提出することで、出願人が変更となる。その際、持分を一部譲渡すれば権利は個人Aと法人Bとの共有となり、持分を全部譲渡すれば権利は会社Bの単独所有となる。発明者は依然として個人Aのまま、権利の享有主体は法人Bとなる。

それで十分なはずであるのだが、出願人だけでなく、発明者もAから法人Bに所属する個人Cに変更したいというのである。これは、問題があると思う。もし、真の発明者が実は個人Aではなくて個人Cのみということならば、宣誓書を提出して発明者をAからCに記載変更することはできる。しかし、その場合、特許を受ける権利は原始的にAではなくCが所有していたということになり、特許を受ける権利を有しない個人Aから法人Bに譲渡したということになる。個人Aが受け取る譲渡対価は、根拠の無い金銭の受領ということになる。すなわち、個人Aによる出願は冒認出願ということになり、移転の原因が譲渡ではなくなってしまうのである。もちろん、譲渡に有償無償の概念はなく、無償であるとしても事情は変わらない。また、万一変更の理由や発明者宣誓書が虚偽ということになれば、偽証等の罪(特許法第199条)の規定の適用を受ける可能性もあるのではないだろうか。

発明者の追加はどうか。うっかり漏れていたという場合に追加が認められ得ることは上記のとおりである。しかし、次のような場合はどうであろうか。例えば、出願人は法人であるが、一部譲渡により個人の出願人を1名加えることにより、法人と個人の共有名義にするという事案において、出願人だけでなく、発明者もその個人を追加したいという場合を想定する。事実行為として、その個人が真の発明者として記載されるべきであったならば、宣誓書を提出して発明者の追加は可能であろう。しかし、そうでない場合、問題の所在は上記と同様であり、よく検討して慎重に行うべきである。

ちなみに、発明者は特許権設定登録後に特許証にその氏名が掲載されることになっているが、これはパリ条約第4条の3の規定によって認められる発明者の権利(発明者掲載権)であり、ある種の名誉権なのである。また、実質的にも、発明者が特許を受ける権利を譲渡すれば、発明者はその持分に応じて対価を請求する権利を有することになる。理由がどのようなものであれ、特許出願に際して、真の発明者以外の者(名目上の発明者)を記載することは、避けるべきである。


  • 特許法
    第百九十九条(偽証等の罪)
    この法律の規定により宣誓した証人、鑑定人又は通訳人が特許庁又はその嘱託を受けた裁判所に対し虚偽の陳述、鑑定又は通訳をしたときは、三月以上十年以下の懲役に処する。
    2 前項の罪を犯した者が事件の判定の謄本が送達され、又は特許異議の申立てについての決定若しくは審決が確定する前に自白したときは、その刑を減軽し、又は免除することができる。
  • パリ条約
    第4条の3 発明者掲載権
    発明者は,特許証に発明者として記載される権利を有する。
  • その他(冒認出願等に係る救済措置)
    本題から外れるので割愛するが、冒認出願等に係る救済措置については、平成23年12月28日経済産業省令第72号で手当されており、改正の経緯等について説明した参考資料が特許庁ウェブサイトに公開されている。