外国で特許権を取得するには~外国出願検討時の留意点~
特許権の効力は特許を取得した国の領域内でのみ認められる。外国での特許権侵害は当該国の特許権がなければ対応できない。これが、外国に特許出願をしなければならない最大の理由であろう。
日本の特許権は、日本国内で特許発明を実施する行為(生産、使用、譲渡、貸し渡し、譲渡又は貸し渡しの申し出(例えばインターネット等による宣伝広告)、外国への輸出、外国から日本国内に輸入する行為など、特許法に定められる一定の”実施行為”を特許権者(及び特許権者から正当なライセンスを受けた実施権者)のみが、独占的に実施でき、その他の第三者による無断実施を禁止することができる排他的な効力を認める。このように特許権は非常に強力な権利であるが、限界がある。冒頭で述べたとおり、外国での実施行為に対しては日本の特許権の効力が一切及ばないのである。そのため、ビジネスがグローバル化している現在においては、日本国内のみならず外国での特許権取得が極めて重要になる。
外国で特許権を取得する際には、原則として、特許を求める国の所定の官庁(我が国でいう特許庁に相当する公的機関)に、しかるべき言語・方式に従って特許出願をしなければならない。その言語・方式は、各国それぞれが異なる要件を課している。たとえば、中国で特許権を取得したい場合は、当然ながら中国語で特許出願しなければならない。通貨は人民元である。米国なら英語、韓国は韓国語、という具合である。
外国出願を行う場合、我が国の特許出願日から1年以内に「優先権主張」を伴って行うことが推奨されている。これは、優先権の効果が認められると、特許要件(特許を受けることができる発明であるための要件)の判断において、或いは権利化後にその国で権利行使する際に、出願人(及び将来の特許権者)にとって、基礎出願日から優先権主張日までの間になされた行為によって出願拒絶や特許無効にされない或いは第三者に抗弁権(特許権の権利行使を阻止できる権利)を与える、などの「不利な取り扱い」を受けない」というメリットがあるからである(パリ条約4条B)。この1年という期間は「パリ条約」と呼ばれる国際条約(*1)で定められている。なお、1年を越えると優先権の効果が認められない結果、「不利な取り扱い」を受けるリスクが発生するが、例えば新規性を失っていない場合など、優先権の利益を得ないで外国出願しても特許を受けられる場合はありうる。
しかし、日本出願から1年以内に多くの国に出願するとなると、各国ごとの言語・方式に従った特許出願書類を期限内に準備しなければならず、翻訳費用・現地代理人費用・庁費用(オフィシャルフィー)など、多額の費用が1年以内という短い期間内に必要となる。それ以前に、どの国に出願するかも1年以内に決定していなければならない。すなわち、コストがかかる手続であるにも関わらず経営判断のための検討期間があまりにも短すぎるという問題がある。
特許協力条約(PCT;Patent Cooperation Treaty)を利用すると、この条約に基づく一つの「国際出願」をするだけで、国際出願の願書提出日(国際出願日)に全ての「指定国」(PCT加盟国のうち出願人が出願時に特許による保護を求める国として指定した国)に国内出願したことと同一の効果が得られる(*2)。優先権を利用したい場合は、基礎出願(優先権の基礎となる日本出願)の日から1年以内に優先権を主張して「特許協力条約(PCT)に基く国際出願(通称PCT出願)」を行う。
日本国特許庁は、PCT出願を受理する「受理官庁」の一つであり、日本特許庁を受理官庁として国際出願する場合は日本語で出願できる(*3)。すなわち、優先期間内にはいかなる翻訳文をも準備する必要がない。そして、このようなたった一つ国際出願という手続をするだけで、現在は原則としてPCT加盟国全てを指定国として出願したものとみなされる(「みなし全指定」という。)。PCT規則は何度かの改正(リフォーム)が行われており、よりユーザーにとって使い易いものになってきている。たとえば、以前は指定国を出願時に指定(チェック)しなければならなかったため、出願時のチェックの負担が大きかったがいまはみなし全指定のおかげでその負担がなくなった。
国内出願日と同等の効果を有する「国際出願日」が認められたあと、実際に各国で権利を取得する際には、各国ごとに定められる所定の期間内に、各国が要求する言語・方式に従って国内段階への移行手続を行なう。この所定の期間は最低でも「優先日(優先権主張の基礎出願日又は国際出願日の早い方)から30ヶ月」が確保される。国によっては31ヶ月であったり、延長費用を支払えば30ヶ月に2ヶ月間の延長期間が認められたりする。国内移行後は各国それぞれで特許要件を判断する「国内段階」の手続が開始される。PCTは「方式統一条約」とも呼ばれ、PCTが定める一つの国際出願のフォーマットに従って出願するだけで国際出願日が認められるが特許要件の審査など実体的な判断は各国に委ねられている。ゆえに、日本で特許されたからといって、自動的に海外でも特許がとれることにはならないのである。
ともあれ、このようにPCT出願は多くのメリットをもたらすが、「万能」ともいえない。外国出願の検討段階で最も気をつけなければいけないのは、「PCT非加盟国」である。非加盟国は、PCTの利益を享受できないので、原則どおり、優先期間内に当該国の言語・方式に従って、PCTルートを経由せず”直接出願”(これを”PCTルート”に対して”パリルート”と呼ぶことがある)をしなければならないからである。
具体的に弊所で相談を受けてパリルートによる直接出願を検討した”PCT非加盟国”は、台湾・アルゼンチン・パキスタン・ベネズエラなどがある。中でも「台湾」は、小職の経験上、特許取得を希望する日本企業が非常に多いようである。これは先端技術を扱う企業やファウンドリ(半導体集積回路の受託製造会社の工場)が多いなどの理由から、ビジネス的に重要な位置づけと考えているためであろう。タイ王国は、弊所での依頼実績は僅かだが、2009年10月に加盟するまでは直接出願が必要であった。アルゼンチンは現在は非加盟国であるがPCT加盟を検討中とのことである。PCT加盟国はPCT加盟国一覧(*4)で確認することができるので、ここに記載がなければ「非加盟国」である。
—————–
*1 パリ条約(正式名称は「1900年12月14日にブラッセルで,1911年6月2日にワシントンで,1925年11月6日にヘーグで,1934年6月2日にロンドンで,1958年10月31日にリスボンで及び1967年7月14日にストックホルムで改正され,並びに1979年9月28日に修正された工業所有権の保護に関する1883年3月20日のパリ条約」である。)
*2 PCT国際出願制度の概要(特許庁ウェブサイト)
https://www.jpo.go.jp/system/patent/pct/seido/kokusai1.html
*3 例えばPCT出願の言語は、PCT施行規則(第12規則)に定められており、受理官庁ごとにどの言語で出願できるかが決められているが、「日本語・英語・スペイン語・ドイツ語・ロシア語・フランス語・中国語」のいずれかである。余談だが弁理士試験受験生時代、言語の頭文字 “ニエスドロフ中” を呪文のように暗記した弁理士は多いであろう。最近は戦略的に欧州特許庁に英語で第1国出願する企業もあると聞く。企業ごとに様々な知財戦略があってしかるべきであると思う。
*4 PCT加盟国一覧(特許庁ウェブサイト)
https://www.jpo.go.jp/system/patent/pct/siryo/kokusai2.html