並行輸入(特許)について

今日は並行輸入の問題についてメモする。並行輸入とは、概ね次のような事例を想定すれば分かりやすい。いま、我が国の特許権で保護されている正規の特許製品(これを「真正品」という。)が、国外(X国)で正規に製造及び販売されているとする。

この真正品を、我が国に輸入し、国内にある正規代理店等(特許権者その他正当な実施権原を有する者)を経由して販売する。この販売ルートを仮に『第1のルート』とする。これとは別に、当該国(X国)でもその真正品が販売されているとする。これを我が国の正規代理店とは異なる輸入業者(実施権原を有しない者)を経由して販売する。この販売ルートを仮に『第2のルート』とする。第1のルートと第2のルートはいずれもX国から我が国にそれぞれ独立に(干渉することなく、すなわち並行に)輸入されることから、第2のルートでX国から我が国に輸入することを『並行輸入』と呼んでいる。

そもそも、このような並行輸入業という商売が成立するのは、X国で購入すると我が国で正規代理店を経由して購入するよりも安く入手できること、つまり内外価格差が存在するためである。

この文章を書いている頃(2008年10月28日)は未曾有の円高であるので、海外に製品を輸出する比率の高い国内企業にとって急激な円高は収益下落要因となり向かい風となるが、輸入販売業者にはむしろ追い風となるから、上記仮想事例における内外価格差は一層大きくなっていると思われる。

そして、正規代理店で購入しなくても、製品自体はX国で正規に販売されたもの(真正品)であり、少なくとも品質においては同一である。ただ、購入先が、正規の代理店ではなく並行輸入業者という点で相違するだけである。消費者にとって、要するに、どこで買おうと物が同じであるならば少しでも安い方がよい、という価値判断は受け入れやすいはずである(アフターサービス等の問題が残る場合もあり敬遠されることもありうるが)。並行輸入品が売れれば並行輸入業者側は儲かる。困るのは、正規代理店ルートを持つ特許権者側である。

しかし、真正品の並行輸入が我が国の特許権の侵害になるとしたらどうだろうか。並行輸入業者は商売ができなくなり、我が国の消費者は正規代理店での購入を余儀なくされてしまう。特許権者は特許権に基づいて、並行輸入業者を駆逐することができるのか。

この問題について争われたのが、世に言う「BBS事件(ドイツ語読みで『べーべーエス』という)最高裁判決[平成7年(オ)第1988号]である。

並行輸入を認めるか、認めないかは、各国毎にそのポリシーが異なっている。例えば、欧州では、EU域内は自由に並行輸入が認められているが、域外からの輸入は特許権の侵害とされる。ある意味合理的である。米国では、並行輸入は全て特許権の侵害とされる。特許権者保護よりである。いずれにせよポリシーが明確に決まっている。日本はどうか。

世界中が日本の最高裁判決の結論をこれほど注目したことはおそらく我が国の知的財産に関する裁判の歴史上初めてのことであったと思われる。

結論は、ポリシーを一律に定めるのではなく、その時々の状況によって多様な価値観を是認しうるというものであった。つまり、何も明示しなければ並行輸入をすることに同意したものと考えられるから、侵害ではない。但し、製品に明示的に日本国への輸入を禁止する表示をした場合は、並行輸入を禁止できる。特許権者次第でどちらにでもできる、というものである。この事件では、特許権者は明示的な禁止などしていなかったから、特許権侵害でない(つまり並行輸入は容認される)という結果となった。

従って、この判決以後、真正品の並行輸入を許容して製品自体の販売を促進するのか、逆にブランド戦略等の観点から並行輸入品を全て排除して正規ルートのみの販売を徹底するのかは、特許権者が決められることとなった。

但し、以上は真正品(商品自体は特許権者又は実施権者が正当に実施して製造されたもの)について当てはまることで、もともと侵害品の場合には「並行輸入」という議論をするまでもなく、我が国の国内に輸入する行為は侵害である。

最高裁判決の理論は、主に特許独立の原則と並行輸入との関係・国内消尽論について・国際消尽論が国内消尽論と同列に扱えない理由・黙示的同意論及び流通阻害防止論等、並行輸入を禁止する手段などから構成されている。

なお、商標権についても真正商品の並行輸入が問題となるが、商標権の場合は特に商標の機能等に着目した、特許とは違う観点で理論構成されている。販売者が誰であろうと、商標が有する品質保持機能は害されていない場合は非侵害である。その他、契約に違反した場合はどうか、など、並行輸入に絡めていろいろな問題があるようである。